図書室のただしい使いかた
図書室って不思議な場所だと思う。
朝井リョウさんの『少女は卒業しない』を読んでいて思ったことだ。
『少女は卒業しない』で図書室が出てくるのは最初の一編
エンドロールが始まる
である。
この小説全体の舞台は、3月25日の卒業式をもって取り壊される学校。
さまざまな少女たちが最後の日に思いを打ち明けていく小説の、最初を飾るのがこの話だ。
主人公は卒業式の日の朝、司書の先生に本を返すため彼を図書室に呼び出す。
当然、明日から取り壊し工事が始まるのだから、本はすべて運び出されていて図書室とはもはや言えない。
本が一冊もない図書室は、もう人間の住んでいない遺跡のように見えた。
わたしもすこし、そんな図書室が見てみたい。
図書室は本がなくなっても図書室なのかな。
長いこと置かれた本は埃のような太陽のような香りがする。逆にたくさんの人に読まれた本も特有の香りがする。
きっと本がなくなっても図書室は図書室の雰囲気を持ってるような気がする。
けれど、この話の主人公にとって図書室は「本を貸し借りするための場所」ではない。
本があることが大切なんじゃなくて、そこは先生のそばにいる理由がある場所だった。
私にとって、本は読むものじゃなかった。私の指先と、先生の指先を、間接的につないでくれるものだった。
本が特段好きじゃない彼女が、よくわからない本を読むのはなぜか。
そんな彼女の
図書室ってなんのための場所か知ってますか?
その言葉に思わず胸をつかれた。図書室はなんのための場所なのだろう。
本を貸し借りするため。学校で調べ物をするため。理由はいくつか思い浮かぶけど、それだけじゃないはずだ。
わたしの行っていた中学と高校は図書室が8階にあった。
エレベーターの使用が校則で禁止されていて、わたしは当時から本の虫だったけれどおんなじくらい面倒くさがりだったので、結局6年間で数えるほどしか図書室を利用しなかった。
だけど毎年クラスから2人選ばれる図書委員は、週に数回の短い昼休みをご飯と階段での大移動と仕事で潰してしまうにもかかわらず、絶対に立候補が出ていた記憶があるのだ。
本なら本屋で買って読めばいい。
勉強なら地下に自習室がある。
だけど彼女たちはたのしそうに図書委員をして、学校生活の少なくない時間を図書室で過ごしていた。
そんなこともつらつら思い出すにつれて、わたしはだんだん図書室に行きたくなって来た。図書館でなく、図書室。
ほとんど行ってなかったのに。
そこで今日のおすすめ本セレクション。
テーマ「図書室に行きたくなる本」
1.『図書館の神様』瀬尾まいこ著
のっけから「図書館」である。ごめんなさい。
学校の図書館でのお話なのでここでの"図書室"と意味は同じとさせてもらった。(小説内では図書室表記なのになんでタイトルは図書館なんだろう? ふしぎである)
このお話は1人だけの男子文芸部員・垣内くんと新任の本なんて興味がない女性顧問・清のお話だ。
瀬尾まいこさんといえば『幸福な食卓』『卵の緒』なんかがパッと浮かぶけれど、個人的には『図書館の神様』も隠れた名作だと思う。わたしはこの本から瀬尾まいこファンになったのだ。
2人だけの文芸部の活動は図書室で行われる。
でも、清はまったく本や図書室の様子なんか気にしない。唯一の漫画『はだしのゲン』を読みながら、グラウンドの運動部の様子を眺めては、垣内くんにグラウンド三周を勧めたりする。
垣内くんはそんな顧問を適当にあしらいつつ川端康成を読んだり、たまに勧めにのって詩を書いてみたりする。
この話での図書室は"本を読むための場所"ではないように思える。清の意識は図書室の本にはないし、いつも窓の外ばかり見ている。
だけど清と垣内くんは一緒にそこで詩を書いたり、本の整理をしたり、サイダーを飲んだりするのだ。わたしは最高の図書室の使い方だと思って、わくわくしてしまった。(本当にそんな使い方してたら怒られちゃいそうだけど)
『図書館の神様』の図書室はとってもどきどきして刺激的な、最高の部活動の場所なのだ。
だから、僕は三年間、ずっと夢中だった。毎日、図書室で僕はずっとどきどきしてた。
この小説に出て来るのは最高に楽しめる図書室だ。まるで神様が見守ってるみたいに素敵な時間を過ごせる。
ぜひ、皆さんもこの本を読んで最高に図書室を楽しんでもらいたい。
2.『サクラ咲く』辻村深月著
この本にはふたつ、とても魅力的な図書室が出てくるお話がある。
ひとつは表題作『サクラ咲く』
そしてもうひとつが『世界で一番美しい宝石』
『サクラ咲く』は主人公のマチがある日、図書室で本をめくっているときに「サクラチル」と書かれた紙を見つけることから物語は始まる。
貸出記録カードに一度書いて消された「一年五組」の文字から、同じクラスの誰かが書いたのではないかと考えるマチ。
彼女が借りようとする本にたびたびはさまれる同じ筆跡の手紙に、マチは勇気を出して返事を書いてみるーー。
『世界で一番美しい宝石』では「図書室の君」と呼ばれる美しい少女が登場する。
立花先輩というその少女に映画の主演女優になってもらうために、映画同好会の主人公たちが声をかけたが断られてしまう。
粘り強く誘う彼らに彼女は「昔読んだ宝石職人の絵本を見つけ出して欲しい」と交換条件を出すがーー。
それぞれ舞台は異なる図書室だが、なんだか"図書室"について共通するイメージで描かれているように思える。
『サクラ咲く』では主人公のマチや謎のメモの人物が、『世界で一番美しい宝石』では立花先輩が図書室を利用する。
勿論本が好きで、本を読むために利用するのだけれど、わたしはそれ以上に彼女たちがなにか救いを求めて行っているように思えた。
私にも身に覚えがある。
小学生のとき、息苦しい教室や、喧嘩した友人との気まずい沈黙から逃げるのはいつも図書室だったような気がする。
図書室はひとつの逃げ場である。そして、本もまた他の世界へ自分を逃がしてくれる扉にもなる。
けれど、この二つの短編ではそんな風に図書室に救いを求めた彼女たちの世界は、本だけじゃなくて現実にも救われていくのだ。
図書室は逃げ場になり、そして新しい居場所への道にもなる。
そんなことを思う二編だ。
3.『吉野北高校図書委員会』山本渚著
このお話は図書室が素敵な以上に、図書室にいつもいる図書委員のみんなが素敵な作品だ。
1〜3巻まであるこの小説は全部読むと、自分もともに図書委員になって高校生活を過ごしたかのような気持ちになる。
図書委員会のみんなは仲がよくて、自然と図書室は彼女たちのたまり場のようにもなる。
もちろん、仲のいい彼らの間でも軋轢も起これば喧嘩だってする。そんな時には図書室はたちまちだれかがひとりで悩むスペースにも早変わりするのだ。
そして忘れてはいけないのが、司書の牧田先生の存在だ。彼女はあたたかく優しく、図書委員の誰かが悩んでいる時にはお茶を入れて話を聞いてくれたりする。
そんな牧田先生が図書室でひとり過ごすときの意外な一面も、図書室はあっさりのみこんでくれる。(2巻より)
図書室は本を読む場所で本来ならひとりずつで過ごす場所だけれど、こんな風にして集まってきた人びとを丸ごと包んでくれたりもするのだ。
本と人だけじゃなくて、人と人を繋げてくれる。
何でこんなに図書室は心地いいのだろう。
私の個人的な考えだと、それは本がたくさんあるからではないかと思う。なにを当たり前のことを言ってるんだと言われそうだ。
図書室にはたくさんの虚構の世界が詰まっている。だから、少しの嘘や変わった出来事やいろんな思い出はぜんぶ紛れて許される。
そんな気がする。
だけどもう、わたしはたぶん図書室には行けない。
あそこはその学校に通う生徒たちの居場所だから。
図書委員、なればよかったな。
図書室、もっと行っておけばよかった。
司書になったら特別に許されるかな。
そう思うと今から少し司書になりたくなってきた。
タイトルでは「ただしい使いかた」と書いたけれど、今紹介した本を読むとただしい使いかたなんてどうでもいいような気持ちになる。
サイダーを飲んでも、本の整理をしても、本に心を打ち明けた手紙を挟んでも、逃げ場にしても、図書委員として憩いの場にしても、図書室はどう使ってもいいのだ。
どんな場所にもなれるし、どんな人も受け入れる。
そこが図書室なんじゃないだろうか。
⚠︎ただし、利用する際はその図書館のマナーを守りましょう。