パステルブルーの祝福を

少しずつ文学少女でなくなってくわたしの読書記録です。

明日、何着て生きていく?

 

私たちは服を着て生きている。

よくよく服について考えてみると、なんだか複雑な思いを抱いていたりもするんじゃないだろうか。

「かわいい」「おしゃれ」「素敵」な服。

「ダサい」「かっこわるい」「変」な服。

その境目はむずかしくて、着る人によっても時期によっても、合わせ方によっても変わってしまう。

着ないわけにはいかないのに、たまに服なんかもう着たくないなんて気持ちにもなる。

 

私は服がだいすきだ。

だけど好きだからと言ってイコールお洒落であるというわけではない。(残念なことに)

私は幸いにも周りにあまり心無い人がいなくて、好きな服を好きなように着られている。けど、きっとそうじゃない人もいるんだろうなと周りを見ていると思う。

世の中にはきっと、服を着ているうちに服が嫌いになってしまった人もいるんじゃないだろうか。

 

今日はそんな人に贈りたい3作品を紹介していく。

 

ひとつめ。

「ウォーク・イン・クローゼット」 綿矢りさ

ウォーク・イン・クローゼット (講談社文庫)

ウォーク・イン・クローゼット (講談社文庫)

 

主人公の早希の服はすべて"対男用"。

どの服も夢見ている。めくるめく魅惑のデートを、運命の男性を見つける瞬間を。愛する人に抱き寄せられ服ごと逞しい腕に包まれて、ずっと出会えるのを待っていたと耳元で囁かれる瞬間を。

正直に言えば大人の洗練されたデザインの服を着たいなと思う日もあるけれど、結局は「男の人にモテるか?」を基準に服を選んでしまう。

 

そんな早希の幼なじみのだりあは芸能人だ。仕事で着た後に買い取った服の並ぶ彼女のウォーク・イン・クローゼットはとっても華やか。

(ここの描写は服が好きな人間ならたまらないものなので是非読んでみてほしい)

「働いて手に入れた服に囲まれてると、いままでの頑張った時間がマボロシじゃなかったんだって思って、ほっとする。この部屋でドアを閉めて考え事してると、まだやりたい仕事がいっぱいあるって、むくむく野心がわいてくる。私にとっては、きれいな服は戦闘服なのかも」

だりあの服はきっと自分の努力の"証"でもあるんだと思う。

対男用の服と自分の証としての服。服に求める価値は異なる2人だけど、結局の服の使い方は一緒だ。

私たちは服で武装して、欲しいものを掴みとろうとしている。

 

私たちは服を着ることで印象を操作する。そう思うとだりあの言っている「戦闘服」というのがしっくりくる。

何人もの人と付き合う早希も、芸能界で波に揉まれるだりあも、たくさん戦わねばならないときがあるのだろう。

そして同じように私たちも戦わねばならないときはたくさんある。そういったときに力をくれるのが服なのだ。

 

私はこの『ウォーク・イン・クローゼット』の帯文が大好きだ。

誰かのためじゃない服と人生、きっと見つかる物語。

まさにその通りだと思う。

誰のための服を着ているのか、分からなくなってしまった人は是非これを読んで見つけてみて欲しい。

 

ふたつめ。

海月姫東村アキコ

海月姫 コミック 全17巻セット

海月姫 コミック 全17巻セット

 

 

映画化もドラマ化もされていた作品だからご存知の方も多いだろう。

コメディとしてもものすごく面白いけれど、私はこの作品に流れている"服に対する考え方"がとても好きだった。

 

主人公は"お姫様になれなかった女の子"の月海。くらげオタクな彼女は、同じように"男を必要としない人生"を送るオタク女子たちと天水館で暮らしている。

共に暮らす人々はみんなそれぞれ、おじさまオタクや三国志オタク、日本人形オタクに鉄道オタクと様々な自分の"好き"を持っている。そんな彼女たちの敵は「オシャレ人間」だ。

服をバカにされ、趣味をバカにされ、そうしてリア充やオシャレ人間を憎んできた。

そんな彼女たちの前に現れたのは、まさにオシャレ人間の骨頂とも言えるお洒落を楽しみ、洋服を愛する女装男子・蔵之介。

とある危機に瀕した天水館の住人達と蔵之介は、月海をデザイナーに洋服のブランドを立ち上げるのだった​──!!

 

この作品の面白いところは、服を作ろうとしているのに蔵之介以外誰一人、洋服に興味がないというところだ。

洋服にお金をかけるくらいなら趣味に注ぐ!そう思っている人は現実でも結構多い気がする。

彼女たちはその代表で、年がら年中ジャージだったり、ボーダーシャツにジーパンだったり、地味of地味な服だったり……。

最初はただ蔵之介に言われるがままに洋服を作っていた彼女たちが「服とは?」「どんな服だったら着たいと思う?」と考えていく姿はとても面白い。

(デザイナーの月海自身、最初はただただくらげが好きという気持ちだけで、デザインしてたくらいだ)

 

月海はシンガポールで、さまざまな民族衣装を着た人々を見る。

彼女たちには信じてる神様がいて

だから自分が着るものが決まってる

あの格好をしてることに理由がある

 

私は理由なんて考えたことがなかった

安くて 楽で なるべく目立たない地味な色

そういう理由でしか服を選んでこなかった

しかもたぶん 無意識に

日本にはあまり宗教を信じている人がいないから、そういった意味で服を着ている人もあまりいない。けれどそうでなくとも何か信条を持って、その服を着る理由を持って、服を着ている人はいる。

 

一方で特にそんな信条も持たず、服にも興味がなければ、「その服を着る理由」などない。だから「こんな服が着たい!」という希望はないけれど、とりあえず無難な服を着なければならない。そう考えて服を選ぶ人も少なくはないだろう。

そうして服と関わっていくと、服そのものが分からなくなることがある。人から「ダサい」などと評価されて仕舞えばなおさらだ。

…私みたいなださい人間は何がおしゃれで何がおしゃれじゃないのか全然わからないんです

そんな人たちへ向け、彼女たちのブランドが出した答えとは?

 

服が大好きな人にも、服が嫌いになってしまった人にも、ぜひ読んでほしい作品だ。

 

みっつめ。

繕い裁つ人池辺葵

繕い裁つ人 コミック 全6巻完結セット (KCデラックス)

繕い裁つ人 コミック 全6巻完結セット (KCデラックス)

 

最後は服を作る側の話だ。

主人公の市江はオーダーメイドの南洋裁店の2代目主人。彼女はちいさなお店で、お客様ひとりひとりのために服を縫っている。

自分の美しさを自覚してる人には私の服は

必要ないわ

その言葉通り、彼女の手によってつくられた服を着ると、どんなに自信なさげでコンプレックスばかりの人もみんな美しく輝くのだ。

まるでその人に欠けているものをそっと埋めてくれるような服を作ってくれる。

それは人に寄り添い服を作る彼女だからこそできることだ。

 

繕い裁つ人』を読んでいると、服は衣食住のひとつなのだということを実感する。

それくらい、生きていくことを支える服が描き出されているのだ。

私知らなかった

洋服でこんなに幸せな気持ちになれるなんて 全然知らなかった

服には多分、それ一発でどん底から幸せに変えるような力はない。けれど、少しだけ気分を持ち上げてくれる。そうすると、どんな憂鬱な日もどんなに辛い日でも少し踏ん張れる気がするのだ。

そうして素敵な服は私たちを少し、幸せにしてくれる。

 

お客様のひとりの言葉で、私がハッとさせられた言葉がある。
それは自分の体型に少しコンプレックスがある高校生のゆきちゃんが、市江のものではない服を着た時にいう言葉だ。

見てるのはすごくかわいくて飾ってるだけで気分よくなるんだけど
着ると全然可愛くないの 私が邪魔で

身に覚えがある人もいるんじゃないだろうか。ショーウィンドウで見て「かわいい!」と思ったけど試着するとなんかちがう。なるほど私が邪魔だったのだ、とゆきちゃんの言葉で気がついた。
以来私の"素敵な服"は「私が着て最高に可愛くなれる服」だ。

 

今回は「服」との関わり方を考えられるような作品を紹介してみた。

私は好きな服を着て自分を好きでいることで、幸せになれる。

きっとほかの人もさまざまな思いで服と関わっていくと思う。その思いが幸せなものであればいい。

 

さぁ、明日何着て生きていく?