かがみの孤城
本屋大賞発表からはや2ヶ月が経った。
『かがみの孤城』というタイトルも、辻村深月という名前も聞いたことが全くないというひとも多分そういないだろうと思う。
だからこそわたしは今、『かがみの孤城』について書こうと思う。
なぜこの本を今、ブログで書こうと思ったか。
それは有名になりすぎて、逆に読みたくないと思う人がいるんじゃないかと思ったからだ。(かく言うわたしもそのタイプで、世間であまりにもてはやされている作品には少し手が伸びにくい。笑)
少し苦手な人が熱烈におすすめしていて読みにくかったりもするかもしれない。
本を読むにもタイミングというものがある。
だから無理して今読んで!というつもりはない。ただ、そうやって遠ざけているうちに、本当に一生読まなくなる本もあるのだ。
そしてこの『かがみの孤城』はそうなるにはしのびないと思う本だった。
だから今読めとは言わないけれど、そっとお家の積ん読に入れておいてほしいなと思う。いつか読みたいと思うその日のために。
前置きが長くなってしまった。
『かがみの孤城』辻村深月著
主人公のこころは中学に行けなくなってしまった。両親の勧めるフリースクールにも行けず、自室で過ごす毎日。そんなある日、自室の鏡が光り、彼女は奇妙な"鏡の中の世界"に誘われるのだった。
そこには狼の仮面をつけた少女"オオカミ様"と、同じように中学に通わずにいる少年少女6人がいた──。
こころたちはオオカミ様に「願いをひとつだけ叶えられる"願いの鍵"を翌年3月までに探す」よう命じられる。
7人が共に過ごすかがみの城での1年間のお話。
不登校の中学生たちと言われると似たタイプを想像しがちだが、そこに集まる7人はかなりバラエティ豊かだ。
こころ。
ジャージ姿のイケメンの男の子。
ポニーテールのしっかり者の女の子。
眼鏡をかけた、声優声の女の子。
ゲーム機をいじる、生意気そうな男の子。
ロンみたいなそばかすの、物静かな男の子。
小太りで気弱そうな、階段に隠れた男の子。
たぶん、普通に同じ教室にいたとしても同じグループにはならないタイプ。
かがみの城に閉じ込められての共同生活だったら、ものすごく仲が良くなるか、悪くなるかの二択だったと思う。
けれどこの城は「9時から17時までの時間厳守」。もちろん城に来ることは義務ではないし、それ以上残ることも出来ない。
この時間を聞いてわたしは、まるで学校みたいだと思った。始業から終業プラス部活までくらいの時間。学校のような場所だからこそ、こころたちは少しずつ関わり仲良くなり始める。
かがみの城は彼らにちゃんと居場所をくれているのだと感じた。
この本を読んでいる人や読もうと思っている人の中には、こころたちと同じように学校に行けない人もいると思う。
学校は自分の全部で、行くのも行かないのも、すごく苦しかった。とてもそんなふうに、「たかが」なんて思えない。
そんな人たちはこの物語を「所詮フィクションだ」と思うかもしれない。
学校に行けず、家で過ごしていても鏡は光らないし、鏡の中にも入れない。学校の代わりとなる居場所なんて用意されていないと、現実とこの小説を比べて嘆くかもしれない。
けれど、あなたにとっての「光る鏡」は意外とそこらにあるものだと知ってほしい。そして、この『かがみの孤城』はその鏡のひとつなのだ。
この物語は何度も何度も「大丈夫」だと教えてくれる。
普通になれなくても。友達がいなくても。心に消えない傷を負っても。クラスに馴染むことができなくても。──学校に行けなくても。
いつかそれらは過去になる。わたしたちはちゃんと大人になって、幸せになれる。
ただそうはいっても、今のあなたにとっては"今"辛いことがすべてなのだと思う。
未来にいいことがあるなんて言われても、今辛くていなくなってしまいたくて仕方がなければその未来に意味なんてないのだろう。
そんな風に思ってしまった時はぜひ、まわりの「光る鏡」を探してみてほしい。たとえば本を読めば、自分と同じような気持ちを抱える人に出会えるかもしれない。街を歩けば、お気に入りの場所が見つかるかもしれない。
あなたを苦しめる今の場所からは逃げてしまおう。
なにか好きだと思えるもの、自分が幸せでいられる場所を見つけて、生きてほしい。
そして、この本はそんな過去を持った大人たちも同じように救ってくれる。
ひとりぼっちで辛いと思っていたこと。普通ではないかもしれないと不安になったこと。今はもう大人になれたけれど、今でも少し心にひっかかることがあるのではないだろうか。
大好きな漫画『3月のライオン』(羽海野チカ著)の5巻にこんなシーンがある。
いじめの標的になった友人を庇い、自身がいじめられることとなったひなた。ぼろぼろになって泣きながら、それでも毅然と「間違ってなんかない」と言う。その言葉に主人公の零は衝撃を受けるのだ。
不思議だ ひとは
こんなにも時が 過ぎた後で
全く 違う方向から
嵐のように 救われることがある
わたしはまさにこの本に"嵐のように救われた"のだった。自分の中で折り合いがついていて、それでも思い返すとあの頃の気持ちが苦々しく蘇るような記憶。それを持っていても、わたしは生きていてよかったと思った。
あの頃の自分は何も間違ってなかったのだと、『かがみの孤城』が肯定してくれたような気さえしたのだ。
あなたの痛みにも、きっと『かがみの孤城』は大丈夫だと声をかけてくれる。
長くなってしまったが、これで他の作品に大差をつけて本屋大賞を受賞した実力は伊達じゃないと伝わっただろうか。笑
こころたちは願いの鍵を見つけられたのか、そして叶えるただひとつの願いとはなにか。ぜひ最後まで見届けていただきたい。
そしてどうか、『かがみの孤城』があなたの「光る鏡」となりますように。
あなたが幸せな大人になって、生きていけますように。