パステルブルーの祝福を

少しずつ文学少女でなくなってくわたしの読書記録です。

山の効用

 

山に登ったことはあるか。

個人的な(本当に個人的な)イメージだが、遊びで海に行ったことはほとんどの人にあるだろうが山に行ったことがあるという人はそこまでいないように思う。

 

海は一般的な遊び場だけど、山はそうではないように思うのだ。

だけどその一方で山に惹かれ、山に登ることを趣味にする人もいる。

 

わたしにとって山は微妙な距離の存在だ。

好きで定期的に登ろうとは思わない。かといってまったく近寄りもしないわけではない。

実はわたしは中高の6年間、登山部に所属していた。

 

本日のおすすめ図書。

『八月の六日間』北村薫

 

八月の六日間 (角川文庫)

八月の六日間 (角川文庫)

 

 

雑誌の副編集長をしている「わたし」は心をすり減らすばかりの日々の中で、山の魅力に出会う。

この本にはそんな彼女の登山が

九月の五日間、二月の三日間、十月の五日間、五月の三日間、そして、八月の六日間

と記されている。

私がこの本で特に好きなところは登山中でない、準備の一日も描かれているところだ。

着替えは二組。これを四日間で使い回すことになる。寝間着代わりのジャージに、手ぬぐい、タオル。折りたためるダウンジャケット。マウンテンパーカ。雨具。明日でフリース。帽子に手袋。タイツ。サンダル。

衣類だけでもこんなにある。

そして、お楽しみの食べ物。

栄養剤のゼリーが二個。ティーバッグ八包。コンデンスミルク。

グミ。ミルクキャラメルにチョコレート。元気の出そうなチョコレートは三種類を、パッケージから出して、小袋に入れる。柿の種とじゃがりこチーズも混ぜて、小袋に。

焼き菓子を二個。この間、出張した時、土産に買って来た檸檬チーズケーキの残りがあったのを二個。メロンパンと袋入りミニあんドーナツ。ドライマンゴー。チーズ。

これまたたっぷりである。

こんな感じで必ずザックにものを詰めていく描写があるのだ。いつでも、食べ物はたっぷり。

 

でも、わたし自身経験がある。山での行動食を用意するのはとても楽しいのだ。

わたしが好きだったのは純露というべっこう飴。よく後輩にもあげていた。逆に、なんで持って来てしまったんだ……と後悔したのはルマンドだ。美味しいけれど登っているうちに粉々になってとてもかなしい。

食糧といえば1日登山の時は自分で飲むように2Lの水を持って行っていた。基本的にみんな500mlのペットボトルで持って行ってたのだけれど、いろはすは絶対に持って行ってはいけない。

潰して体積を減らせるから、と持って行った友人はザックからぽたぽた水をたらしていた。潰せるところがあだになり、水が漏れてしまったのだ。持っていくにしても、早めに飲んでしまうに限る。

 

閑話休題

「わたし」は編集者らしく、山にも必ず数冊本を持っていく。

本当に山をやっている人には怒られてしまいそうだけど、実はわたしも山に本を持って行ってしまう人間だ。読みもしないのに、なんだか本を持っていないと落ち着かない。(ちなみに、普段も鞄にはかならず3冊は本を入れている)

まさに、

本は精神安定剤、もしくはお守りだから、いいのだけれど。

である。

 

本を持っていくところからもわかるけれど、山の魅力にとりつかれるといっても、彼女の登山は決して登山家のするようなものではない。

ツアーで雪山に行ったり、温泉に入ったり。それはとても楽しそうで、なんとなく手招きされている気持ちになってしまう。

わたしは高校卒業以来一度も山に登っていないけれど、なんとなくうずうずしてくる。

『十月の五日間』で、「わたし」が夜の八時ごろ目が覚めて山小屋の外に出てみるシーンがある。

外に出てみた。どこまでも澄んだ氷の中に入ったようだ。見上げれば、わっと襲って来る満天の星。なんという光の大きさだろう。

わたしも以前、夏山合宿のときにそんな山の夜空に出会ったことがある。本当に光が大きくて、あんなにきれいな星空は見たことがなかった。

 なんだか、彼女と一緒に山の夜空を見ているような気がした。

 

もうひとつ、わたしには忘れられない山の空がある。

中学3年生の時、初めて行った夏山合宿のときに出会った空だった。

まだ一日目でまったく疲れはなかった。でも寒くて、たしかみんなレインウェアを上に着ていた。

そこは岩場で風がびゅうびゅう吹いててとても寒かったのを覚えている。かぶっていた帽子が飛ばされるんじゃないかとひやひやしていたけれど空を見てそんな気持ちがぶっ飛んだ。

とてもきれいだった。

雲がもくもくと広がり、雲の切れ間は冴え渡るような青。ときおり見える太陽が眩しい。夕焼けでもない、雲ひとつない青空でもない、だけどとんでもなくうつくしかった。

 そのときのわたしは登山部に入っていたけれど山は別に全然好きじゃなかった。だけど、その空は強烈で、眺めもうつくしく、岩場でうける風もすがすがしくて、わたしは結局6年間登山部に在籍することになった。

 

この本を読んでるとどんどん山に行きたくなる。登山部にいた6年間でも行かなかった雪山とか、部活だったために行かなかった登山のあとの温泉とか。

それくらい、「わたし」の登る山は無理がなく楽しそうでうつくしい。

心の部品を失っていた彼女に、そっとひとつ部品をわたしてくれるような、そんな優しさがある。

 

山なんてなじみがないというひとも、山は久しく登ってないなというひとも、そして山が大好きだというひとも。

すべてのひとが楽しめる、そんなお話だと思う。

(解説によると北村薫さんはこの本を山に登らずに書いたらしい。すごすぎる)

 

そしてもうひとつ、山でご飯を食べたくなること間違いなしなこの漫画もそっと置いておこうと思う。

 

山と食欲と私』 信濃川日出雄

 

山と食欲と私 1巻 (バンチコミックス)

山と食欲と私 1巻 (バンチコミックス)

 

 

 ちょっと心が疲れたら、山に行ってみるのもいいかもしれない。